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2009年8月18日(火曜日)

本当に「会社」であった怖い話(1)

カテゴリー: - ricmania @ 17時01分36秒

私の会社はつくば市にあります。テナント料が安い事と、持ち主が東京の弁護士さんということでリベラルな方であること、仲介してくださっている不動産屋さんがとても良い会社であることで、決めました。学園地区(懐かしい呼び方)でもかなり古い2階建ての貸しビルです。1階には東京電力のキュービックル(変電施設)が入っており、現在1階に2社、2階に弊社を含め3社が入っています。
 
さて、このビル入居したての頃はまだ2部屋だけ借りていたのですが、電源スイッチやタップがとても古いタイプで、ラジオ関係の機材を組むのに適していなかったため、大幅な電気工事をさせていただきました。また、部屋の仕切りが全く無い状態でしたので、3部屋の間に壁を立てて間仕切りをしたり、間仕切りによってエアコンの無い部屋が出来てしまうため、エアコンを増設したり、雨漏りが止まらないため大家さんに天井を直してもらったり、トイレの水が止まらずにあふれ出してしまったり、野良猫が住み着いていて、あたり一面猫の糞尿のにおいで満たされていたりと、安いだけのことはありました。
 
さて、3室のうち2室は南側に窓のある採光が良い明るい部屋なのに、東側の部屋は入居したてのころから、なんとなくドンヨリした雰囲気が漂っていました。ある晩、申請書関係の書類の作成が終わらず、深夜まで独りで仕事をしていると「カチッ」「パキン」という音がします。周りを見渡しても何もありませんが、古いビルなのでネズミくらいいてもおかしくないし、野良猫も巣食っていたのであまり気にも留めませんでした。毎日資料づくりでぐったり疲れていた私はある日、ヤフオクで買ったばかりの白い大きなリクライニングチェアーでうたたねしてしまいました。
 
ところが、その日から悪寒と吐き気がとまらず、数週間前から痛いなと思っていた筋肉痛が酷くなり、ようやく念願であった総務省への本申請に出向いた日には、階段を上がれず、翌日にはコンタクトケースをあけることも出来ない程、握力が低下してしまいました。仕方が無く某大病院にいって検査を受けたところ「ウイルス性筋肉炎」と判明。「本来はこの病気にかかると起き上がれず、救急車で運ばれて、そのまま半年くらい入院なんだけど、なんであなたは歩けているんですか?」と医者から質問される有様でした。結局どこでひいたのかは判らぬまま抗生物質で直りました。
 
それから1ヶ月ほどして新しく入った社員がおそるおそる言いました。「社長の座っている席の位置ですが、変えたほうが良いと思うんですが・・。今のままでは病気になります。というか、北東の方向に神棚とか置いて"抑えた"ほうが良いです。」と言いました。彼はスピリチュアルな感覚があるということで、常に数珠の腕輪をしているのですが、おふざけでなく大真面目な顔で言うんです。すると、一緒にいたボランティアスタッフも「そうです、実は変な人と思われるとあれなので黙っていましたが私も霊感がありまして以前から気になっていました。この会社は"何か"がいるので、とにかくお奉りしたほうが良いと思うんです。」
 
二人が言うには、「何か」が会社の南西の方向から私が座っているあたり(今も座っていますが)を通って北東の壁に消えて行くということで「通り道」になっているといいます。それが私の健康や生活に非常に良くないと言うのです。そこで、ホームセンターに行って小さな神棚を買って、榊と塩と酒を奉りました。すると、以前あったようなじめじめというかドンヨリした雰囲気がなくなり、明るく爽やかな感じになりました。気のせいといえばそうかもしれませんが、とりあえず「事務室」で何かが起きたりすることは無くなったのです。
 
でも、その後もイロイロ・・・・


2009年8月14日(金曜日)

本当に「下妻」であった怖い話(5)

カテゴリー: - ricmania @ 00時00分00秒

今は古くなってしまった実家ですが、小学校2年生当時はまだ立て替えたばかりの新築家屋で、姉とそれぞれ自分の個室をもらいベットで寝ていました。
 
そんなある日、夜はっと目がさめました。時間は定かにわかりませんが、カーテン越しに月明かりが入っていた記憶があります。特にトイレに行きたいわけでもなかったので、そのままベットでぼけっとしていました。すると天井に何かが見えました。見えたというよりテレビの画面がそこにあるような感じで、それなりの面積が青白く光った気がしました。よく見ると、そこには母方の祖父の顔が見えました。こちらに向かって笑っていました。「ああ、おじちゃんだ・・・。」別に恐怖も感じませんでした。素直にそう思ったのを覚えています。注)茨城県では祖父のことをおじちゃんと呼びます。

翌日小学校から帰ってくると、母が大慌てで出かける準備をしていました。祖父が危篤だというのです。そして、それからほどなくして胃がんと壮絶な闘病を繰り広げていた祖父は亡くなりました。最後は布団を吐血で真っ赤に染め悶絶しながら絶命したそうです。今なら強力な痛み止めや麻酔があるのでしょうが、昭和40年代の農村ですから、仕方がなかったのかもしれません。
 
祖父は母を含めた4姉妹には非常に厳しい人だったようですが、私達孫にはとても優しい人でした。遊びに行くといつもテーラー*で畑や田んぼや鬼怒川に連れていってくれました。正月には祖父が大事にしていた釣り竿(ルアー)にゲイラカイトを付け、3町ぶりほどもある母の実家の広大な田んぼから雲の上まで飛ばしたものでした。また、毎月私の家の草取りに来てくれていて、作業後にサントリーレッドの1LITERほどもある瓶からぐいぐいウイスキーを飲んでいました。祖父が持ってきてくれる干し納豆*はおやつやおかずとして毎日食べていました。*テーラー=2輪の耕運機に荷台をとりつけた乗り物 *干し納豆=納豆を干して作る塩辛い保存食
 
祖父の葬儀の際、母の末妹の叔母さんにその話をしたら「あたしも東京のアパートにいたら、たんすの上にあったおじちゃんの写真のガラスが、何もしていないのにピピッて音を立てて割れちゃったんだよ。」と言いました。祖父は亡くなる前、朦朧とした意識の中で子供達や孫達のところをひとまわりしたのかもしれません。火葬場の煙を見ながら子供ながらにそんな事を思いました。当時の下妻の火葬場の思い出でモンシロチョウが飛んでいた記憶があるので、葬式は春だったんですね。
 
ここまでは、よく聞く話です。が、続きがあります。
 
葬式の後の吉兆払いは、なぜか焼肉が出ました。豚の焼肉です。肉大好きの私はもちろんパクパク口に運んだ訳ですが・・・、なぜか私が食べる肉からだけホチキスのピンが出てくるんです。あわてて吐き出し、他の皿に盛られた肉に変えてもやはりホチキスのピンが大量に出ます。一緒にいた大人達はクビをかしげながらも「誰がこんないたずらしてるんかねえ」などと呑気な事を言っていました。デリカシーの無い義理の叔父などは「おじちゃんが呼んでるんだよ。お前が一番最初の男の孫だったからなあ。お前の母ちゃんは嫁に出たけど本当は長女だし、普通に行けばお前がこの家の跡取りだったんだから。」などと無責任なことを言ってました。
  
だから、祖父の葬式は忘れられません。


2009年8月13日(木曜日)

本当に「下妻」であった怖い話(4)

カテゴリー: - ricmania @ 00時41分38秒

私は転職して今の会社を始めましたが、おかげさまの未曾有の不況で働いても働いても会社がまだ安定しません。社員は労働基準法の適用があるので、夜遅くまで食い込むような業務では、やはりそうそう働いてもらうわけに行きません。その点、役員は「労働者」ではないので、その枠に入りません。つまり自分自身が最も安くハードに使える人的リソースな訳です。
 
その日は、いつものように朝5時に出勤して、夜12時すぎに帰宅というコースでした。毎日のことなのでかなり疲れていたのも確かですが、以下書くことは幻覚や夢ではありません。私は、会社がつくばにあるので毎日、125号線のバイパスのアンダーパスを通って常総線の踏み切りを越え、新堀から加養を通って千代川から吉沼に抜け、つくば市の中心地区まで行きます。帰宅も同じコースです。
 
かなり疲れがたまっていたのも事実ですが、その日はなんとなくドンヨリと曇った空と、なんだか暗い心持で運転をしていました。帰宅に向けて何も考えずほとんど惰性で運転していました。そしてとっくに終電が終わった常総線の踏み切りを渡りT字路を右折しようとしたとき「ソレ」がいました。
 
実はこのT字路、帰宅時は右折するのですが、いつも右折するタイミングで左側のバックミラーに何かが写っているんです(笑)。それが判っているので毎日左側のバックミラーは極力見ないようにしているんですが、この日は違いました。逆のT字路の右側の角に何かの気配を感じてフっと視線をやると・・・そこには黒い山高帽に黒いのっぺらぼうというか黒いモヤで隠れたような顔、黒いスーツを着た細い体型のマネキン人形のようなモノが、その細く黒い腕で何かを抱きかかえるような感じで立っていました。それも全く微動だにせずに。
 
惰性で機械的にそのまま左から車が来ない事を確認するため一旦左に目線を移したのですが、瞬間的に「え?」と思い、右側に視線を戻しました。が、既に消えていました。なんといいますか、まるで捨てられたマネキン人形のように見えたので、それがまたそこにあったならば、全然気にもとめなかったと思いますが、消えていた事で「あれはなに?」と思いました。その瞬間!ゾゾーっとえもいわれぬ悪寒が背中をつきあがってきて、体中がブルブル震え始めました。
 
過去にも何度か変なモノを見た事はあるんですが、これほど悪意とか憎悪とか黒い類のものを感じたのは初めてでした。家につくまでずっと悪寒がとまりませんでした。さすがに実家は寺院ですから、山門(が本来あるべき場所)から中ではそういった感じは消えましたが、感覚で「今回のはヤバイ」と思いました。深夜にも関わらず、線香をもって歴代住職と親族の墓にお参りしました。翌日も朝一番から実家に行き仏壇に香を手向け、子供達が起きてくる前に神棚の水や酒も代えました。
 
あれがなんだったのか、わかりませんが、あれはヤバイです。今これを書いていても寒気がします。今後も真っ黒なマネキンのようなものを見た時は必ず禊ぎやお祓いをしたほうが良いなあ。
 


2009年8月12日(水曜日)

本当に「下妻」であった怖い話(3)

カテゴリー: - ricmania @ 01時41分42秒

夜のウォーキング、ワイヤーフレームのおじいさんに腕をつかまれそうになったその日、足早に自宅向かっていました。
 
深夜にもかかわらず、たまに私と同様に夜の散歩を楽しむ方々とお会いすることがあるのですが、そのときも100mほど離れたところを紺のボーダーの長袖Tシャツを着て、ブルージーンズを履いた若い男性が歩いてくるのが見えました。そして、私の手前50mほどのところで右に向きを変え、側道に入るように曲がっていきました。
 
そのとき、すぐに違和感を覚えました。「あれ?あそこ横に曲がれる道とか入り口ってあったっけ?」生まれ育った地域の町並み、しかも子供のころ毎日歩いていた小学校の通学路です。今でも子供たちとも時々歩きます。いくらなんでも側道を知らないわけがありません。
 
そのまま直進し、その若い方が曲がっていったあたりまで来て「あーやっぱり」と思いました。そこは、立派な石の壁でした。もちろん人の入れるような穴や戸口はありません。つまり曲がるような感じで行けるようなところではないんです。曲がったとすれば壁の中に消えていったと考えるのが普通です。
 
翌朝、二つの不思議な話を妻に話しました。腹を抱えて笑われるかと思っていたら、神妙な顔で「すぐ隣(実家)に行って線香をあげてきなよ」と言われました。今、思うと、あそこで腕つかまれてたら大変なことになっていた気がします。


2009年8月11日(火曜日)

本当に「下妻」であった怖い話(2)

カテゴリー: - ricmania @ 01時41分51秒

「白い煙のような人」
 
今は仕事が忙しくなってしまってやっていないのですが、昨年9月ごろまで毎日夜中に1時間ほどウォーキングをしていました。雨が降っても雪が降っても歩いていました。我ながら始めるとなかなかしつこい性格です。
 
ある日、いつものように新町から長塚、そして追分の前の歩道橋を渡り、バイパス沿いの道をずっと東征して、某高校の前の歩道橋を渡って歩いてきました。時間があるときは、さらにそこからグラウンド沿いに東に向かい、○クドナルドまで歩き、その手前から北に上がっていくルートなのですが、その日は余裕が無く、ショートカットして高校の脇から自宅に戻るルートに変更しました。
 
歩道橋を渡り、コンビニだった家の脇を過ぎて、昔仕立て屋をしていた家の前に来たときです、私はいつもi-pod を大音量で聞きながら歩いているので外の音はあまり聞こえない状態でしたが、自分で出した「わっ!」とい声が通りに響いたのは判りました。声を出してしまってから聞いている人は居なかったか?と周りをキョロキョロしてしまったほどです。
 
では、何があったのか_?歩いてきて、ふっと気配を感じて左側に目をやると、そこに白いワイヤーフレームのようなやんわりとした輪郭で出来た「めがねをかけたおじいさん」が立っていて、見た瞬間右手を伸ばして私の左手を掴もうとしたんです。それで「わっ!」と叫んで右側にぴょんと飛びのいたわけです。その瞬間そのおじいさんは見えなくなりました。
 
おじいさんの風体は、鳥山明の漫画に出てくる髪の毛があるタイプの亀仙人「ジャッキー・チュン」のような風貌で、あごまでひげを蓄え、丸いめがねをかけていました。腰は曲がっているようで、顔が一番近いところにあり、体は少し遠く感じました。手は、老人にしてはごっつく大きく感じました。あれで掴まれたら引っ張られてしまったかもしれません。白いワイヤーフレームのような感じで透き通っているのですが、はっきりそういったところは認識できました。ディ○ニーランドにある「ホーンテッドマンション」の中で、白い煙のような男女のゴーストが社交ダンスを踊っている場面があるのですが、そういう感じに見えました。
 
あれは、なんだったんでしょう?実はこの真夜中のウォーキング、これだけではなかったんです・・・。


2009年8月10日(月曜日)

本当に「下妻」であった怖い話(1)

カテゴリー: - ricmania @ 01時19分18秒

みなさん、おひさしぶりです。
最近仕事が忙しくて全く更新できていなかったのですが、今仕事の合間にふっと書く気になったので勢いで書きます。

夏ですね。夏といえば怖い話・・・というわけでもないのですが、実はわたくしRICMANIAは結構怖い話を持っています。今まで気味悪がられたり、変人扱いされたり、○ちがい扱いされたりするのが嫌なので、あまり話したりしていなかったのですが、友人が亡くなったり倒れたりする事が年齢的に増えてきましたので、ここでひとつテキストとして残しておこうと思ったわけです。サイトの趣旨とは大きく逸脱しますが、まあ、久しぶりってことで。
 
「無縁仏」

私の実家はお寺なので庭にもちろん墓地があります。小学生の頃はこの墓地で缶けりや馬とび、キャッチボール、花火、鬼ごっこなど実に様々な遊びをしました。当時の大人たちは「お墓で遊ぶな」などと野暮な事は言わなかったので、毎日毎日学校帰りの友達がたむろしていたもんです。
  
小学校3年か4年くらいのとき、いつものように仲良しグループで缶けりをやって遊んでいました。参加者はM、O、I、G、Tと私だったと思います。Iが鬼をやっていて我々が隠れていたのです。位置的には、私とTが鬼のいる位置から西側のお墓の影でした。缶をけるタイミングを盗むため、お墓の影から虎視眈々と機会をうかがっていました。Iは規定の数を数え終わるとすぐ、我々の隠れている方向を向いてキョロキョロと探しています。息を潜めて偲んでいると、あきらめたのか東側に視線を移しました。
 
その瞬間、鬼の東側8mほどの位置にある「無縁塔(無縁仏)」の上に、黄色い野球帽を被り、紺地に赤い袖のついたスタジャンを着て、青いジャージを履いた子供が3段目のあたりから下に飛び降りたのが見えました。「Mちゃん、見っけ!」と鬼のIは叫ぶと空き缶をガシッと自信を持って踏みました。「あんなところからあのタイミングで出て行ったら見つかるにきまってるよ、なにやってんだっぺMちゃん」とTとほくそ笑みました。だってMちゃんのその帽子とスタジャンはもはや仲間内ではトレードマークで、その日も着ていたんです。すると「えー!なんで?全然こっち見てなかったし、俺見えない位置にいるのに!?」と大声を上げてMちゃんが、寺の入り口にある山門の影からOと一緒に出てきました。Oも「いまMちゃんは完全に壁の裏側にいて見えなかったはずだよ」と言います。
 
それを見て、鬼のIとTと私は凍りつきました。だってMちゃんが出てきた場所は、我々が人影を見た無縁仏からさらに東に20m程遠くで、誰にも気づかれずその1秒ほどの間にあちらまで走る事は到底不可能だったからです。別な位置に隠れていたGは全く気がつかなかったそうですが。「タイム」というとIは「だって今そこにMちゃんいたっぺよ。俺しっかり見たよ。」と言いました。タイムがかかったので私も出て行き「俺も見た、けど、一瞬だった。」と言いました。
 
そのとき、本物のMちゃんがブツブツ言いながら近づいてきて気がついたのですが、無縁仏くらいの距離だと当時視力2.0の私には顔も名札もはっきり見えるではないですか!実はさっきみた人影は色の組み合わせで一瞬パッと見えたのです。その組み合わせが黄色、赤、紺、青だったのでMちゃんだと思い込んでしまったのですが、考えてみると顔も手足もはっきり見えたわけでなかったんです。Iだけでなく私とTも見ていたことで、みんな色めき立ちました。その場所には痕跡もないし、他に子供もいなかったんです。結局その日は気味が悪いということで、缶けりは中止になり解散となりました。
 
その後「あれはなんだったんだろう?」と思ってその話をぶり返そうとするとTは「思い出せない」とかたくなに口を閉ざしました。Iとは中学校卒業後付き合いが無いうえ現在は他県に住んでいるらしく会う機会がありません。ずっと親友だったTは昨年病で倒れかえらぬ人になってしまったので、今となってはこの話を裏付けることはできないかも知れません。


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