多賀谷家紋について
多賀谷家の家紋の画像を見つけました。
まず、こちらが多賀谷宗家の家紋です。「木瓜に一文字」という図柄です。武蔵国騎西庄多賀谷郷が発祥地で桓武平氏流野与党の有賀頼基の二男光基を祖とする「平氏」です。結城氏の4家老の1家でしたが、県北の大大名佐竹氏と血縁関係を結び、主家を超える勢力を誇った時期もありました。この宗家(下妻多賀谷)を多賀谷重経から次いだのは佐竹から娘婿に迎えた宣家で、その後すぐに徳川家康から秋田に飛ばされた佐竹氏とともに秋田県能代市に移り、後に岩城氏を名乗って再興します。
そして、こちらが多賀谷分家の家紋です。「木瓜にかんざし」という図柄です。画像は旗がなびいて裏返しになっているので、本当は右から左にかんざしが刺さっている形になります。多賀谷重経は血を分けた長男多賀谷三経を廃嫡(跡継ぎにしない)して、宣家を迎えたため、三経は八千代町の太田城に居を構え、結城秀康(徳川家康の息子)の家老として非常に良く活躍し、その子孫は、前橋、福井、川越と主君とともに移動し、川越藩家老として明治を迎えました。ここでは分家としていますが、元々結城藩の家老職の家柄であり直系尊属でもあることから、こちらの多賀谷を本家と呼ぶ方もあります。
さて、ここで以前ご紹介した増田家の家紋「木瓜にこうがい」です。参考:http://pironkeys.main.jp/modules/wordpress/index.php?p=103
うーん、やはり多賀谷家臣団として、家紋を賜っているというのは間違いなさそうです。
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